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長崎地方裁判所 昭和41年(ワ)416号 判決 1969年8月04日

原告

吉川喜一

被告

有限会社東洋ボデイ

ほか一名

主文

被告小峰照明は原告に対し、金六六万一四三三円およびこれに対する昭和四一年一一月一八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告の被告小峰照明に対するその余の請求を棄却する。

原告の被告有限会社東洋ボデイに対する請求を棄却する。

訴訟費用は原告と被告小峰照明との間では原告に生じた費用の三分の一を原告の負担とし、その余を各自の負担とし、原告と被告会社との間では原告の負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告らは各自原告に対し、金二一六万二五一〇円および内金一一三万八三一〇円に対する昭和四一年一一月一八日から、内金五四万九〇〇〇円に対する同四三年二月二四日から、内金二三万七六〇〇円に対する同年七月一八日から、内金二三万七六〇〇円に対する同四四年一月二五日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のように述べ、被告ら訴訟代理人主張の抗弁事実を否認した。

一、被告会社は自動車の賃貸等を業とする会社で、本件加害車輛たる普通乗用車トヨペットコロナ長崎五わ第一二一四号(以下本件自動車という。)の保有者であり、被告小峰は被告会社から昭和四一年一月六日本件自動車を時間ぎめで賃借し、これを運転して自己のため運行の用に供していたものであるところ、被告小峰は、右自動車を運転して同日午後五時四〇分頃長崎市本河内町方面から同市馬町方面に向け国道三四号線を進行中、同市中川町九〇番地先横断歩道にさしかかつたが、このような場合自動車運転者としては横断歩行者の有無および動静を確認し、歩行者が横断を始めたときは一旦停車する等して、未然に事故の発生を防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、毎時四〇キロメートルの速度で漫然進行した過失により、おりから同所横断歩道を左側から右側へ横断歩行中の原告を発見できず本件自動車を同人に接触させて原告をその場に転倒させ、よつて原告に対し、骨盤骨折、右前腕挫創、右橈骨尺骨骨折、頭部外傷性第一型、変型性腰椎症等の傷害を負わせ、昭和四一年一月六日から同年五月一八日まで一三三日間の入院治療を余儀なくさせたものである。

二、原告は右事故によつて次の損害を蒙つた。

(一)、逸失利益金一四二万五六〇〇円

原告は明治二四年生まれで本件事故当時七五才の高令ではあつたが、本件事故による受傷前大工の棟梁として一日金一八〇〇円の収入を得ており、一ケ月平均二二日稼働し、月平均収入は金三万九六〇〇円を下らなかつたところ、前記受傷のため昭和四一年一月六日以降現在まで大工として就業できず無収入である。従つて本件事故により原告が逸失した利益は昭和四一年一月六日より昭和四四年一月五日まで、一ケ月につき右金三万九六〇〇円の割合で計算すると、金一四二万五六〇〇円となる。

(二)、入院中の必要経費およびその他の経費金一三万六九一〇円。

(1)  付添看護料金一〇万六四〇〇円。(昭和四一年一月六日から同年五月一八日まで一三三日入院した間の付添看護人一人一日金八〇〇円の割合による。)

(2)  薬品代金六〇九〇円。

(3)  チリ紙代金一八〇円。

(4)  便器代金三〇〇円。

(5)  マッサージ代金七〇〇〇円。(昭和四一年五月一一日から同年五月三〇日までの分。)

(6)  タクシー代金七八四〇円。

(7)  保養料金九一〇〇円。

(三)、慰藉料金六〇万円。

三、よつて原告は本件自動車の運行供用者たる被告らに対し、いずれも自動車損害賠償保障法(以下単に自賠法という。)第三条により、なお被告小峰に対しては、(第二次的に)前記一、記載の過失にもつて原告に損害を加えたものとして民法第七〇九条により、各自前記二、記載の損害金合計金二一六万二五一〇円および内金一一三万八三一〇円に対する本件不法行為の後である(以下同じ)昭和四一年一一月一八日から、内金五四万九〇〇〇円に対する同四三年二月二四日から、同金二三万七六〇〇円に対する同年七月一八日から同金二三万七六〇〇円に対する同四四年一月二五日から各完済まで民事法定利率年五分の割合による各遅延損害金の支払いを求める。

被告ら訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

一、請求原因一項の事実のうち、被告会社が自動車の賃貸を業とする会社であり、本件自動車を所有していること、被告小峰が被告会社から本件自動車を時間ぎめで賃借し、これを原告主張の日時場所において運転使用中、同車を原告に接触転倒せしめたこと、原告が右事故によつて原告主張の如き傷害を負い昭和四一年一月六日から同年五月一八日まで(一三三日間)入院治療を受けたことの各事実は認めるが、その余の事実は否認する。原告は事故時横断歩行中でなかつた。

二、同二項の事実のうち、原告の年令および原告が本件受傷のため原告主張の期間入院したことは認めるが、その余の事実は否認する。

と述べ、抗弁として、本件事故は歩道上に佇立していた原告が、被告小峰運転の本件自動車前方の車道上に突然小走りに飛び出してきた原告の過失により発生したものであり、被告両名に過失はなく、かつ本件自動車には構造上の欠陥も機能の障害もなかつた、と述べた。

〔証拠関係略〕

理由

一、被告会社が自動車の賃貸等を業とする会社であること、被告小峰は昭和四一年一月六日被告会社から本件自動車を時間ぎめで賃借してこれを自ら運転し、同日午後五時四〇分頃、長崎市本河内町方面から同市馬町方面に向け国道三四号線を進行中、同市中川町九〇番地先附近路上において本件事故を起こしたことの各事実は当事者間に争いがない。

〔証拠略〕によれば、被告会社はいわゆるドライブクラブ方式で自動車の賃貸等を業とするものであるが、一般に自動車の賃貸に際し自動車の賃借人に対する規制としては単に、自動車の安全運行、事故防止のため被告会社係員の指示に従わなければならない、賃借人が道路交通並びに道路運送法等関係諸法規に反する行為をした場合、その賃貸契約を解除できるとの簡単な取極めの記載しかない自動車貸渡契約書(乙第一号証の一)に署名捺印させるに過ぎず、実際にも、賃借人に対し車のくせや特徴を説明し、スピードの出しすぎ、転貸の禁止ことに無免許者に運転させることの禁止を口頭で注意するのみで、貸与自動車の行き先、利用目的等については全く関知せず、賃借人において全く自由にこれらを決めて右自動車を使用することができ、その供用に伴うガソリソ代や自動車にかけるいわゆる対物保険料は原則として借主の負担とされていたこと、被告小峰に本件自動車を賃貸した際も、前記一般の貸付要領に従い、自動車運行の一般的注意と運行の便宜のための説明をしたほかは格別の指示、取極めがなされたことはなく、被告小峰において本件自動車の引渡を受けた後は、被告会社に拘束されることなく自由に利用運転していたものであること、なお被告小峰は本件自動車を使用時間一〇時間、料金一時間当り金四五〇円の約で借り受けていたことを認めることができ、この認定を左右する証拠はない。右認定事実によれば、被告会社は被告小峰の本件自動車使用につきその運行自体を支配していたものとはいい難く、他に右車の運行に関し被告会社において具体的な運行支配を保有していたことの立証がない本件にあつては、結局、本件事故当時自賠法第三条にいう「自己のために(本件)自動車を運行の用に供」していた者は、被告会社ではなく(最高裁昭和三九年一二月四日第二小法廷判決参照)、被告小峰自身であつたといわなければならない。そうすると、被告会社に対する原告の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないが、被告小峰の関係で、さらに同被告の抗弁について判断することとする。

〔証拠略〕によれば、事故現場は交通の頻繁な国道三四号線道路であり、道路中央部は電車軌道がとおり、歩道車道の区別があり、歩道幅員三・四メートル、車道は電車軌道片側幅員五・四メートル、事故地点の南方一二・九〇メートルに東北―南西に通じる横断歩道があり、見透しは事故地点から南東方一〇〇メートル、北西方二〇〇メートルは直線道路で視界を妨げるものはなく、同所の最高制限速度は毎時三〇キロメートルとなつていること、被告小峰は前記日時場所において、本件自動車を毎時三五キロメートルの速度で運転して、長崎市中川町九〇番地附近路上にさしかかつたところ、前記横断歩道を通過して直後、前方八・五メートルの地点の左側歩道の車道と接するところに佇立して本河内方面(南東)に行くバスが向い側車道を走行してくるのをみていた原告を発見したが格別意に介することもなくそのまま進行し、自車が同人に四・四メートルに接近したとき同人が車道上に進み出て原告小峰運転の本件自動車の前方を横ぎりかけたのを認め、あわててハンドルを右に切り、急ブレーキをかけたが間に合わず右自動車を同人に接触させたこと、原告が車道に出たところは前記のとおり一二・九〇メートル横断歩道をすぎたところであつたことの各事実が認められ、右認定に反する〔証拠略〕部分は〔証拠略〕に照らしてたやすく措信しがたく、他に右認定を覆すに足る証拠はない。右認定事実によれば、本件事故の発生につき被告小峰に全く過失がなかつたということはできず、他に同被告に過失がなかつたことを首肯させるに足る証拠はない。むしろ、前記のような、本件事故現場はごく近くに横断歩道があつて人車の運行の多い交差点となつていること及び原告の動静に徴すれば、被告としてはさらに減速し、警音器を吹鳴する等の措置が必要であつたと考えられる。そうすると、被告の前記抗弁はその余の点につき判断するまでもなく理由がないといわなければならない。

もつとも、右認定の事実によると、原告は自動車の交通頻繁な道路の、横断歩道でもないところを左右の確認もしないで車道に出たという点において、本件事故の発生につき原告に重大な過失があつたものと認められるから、この点を後記被告小峰の負担すべき損害額の算定に際し考慮することとする。

二、そこで進んで損害の点について検討する。

(一)、〔証拠略〕によれば、原告は明治三七、八年以来大工一筋に生きてき、大工の棟梁をしたこともあり、年をとつてからは甥の松尾美人を棟梁とし、自らは副棟梁として職人と共に現場の仕事をして働き、本件事故前には一日金一八〇〇円の日給を得、過去三年間平均して一ケ月二二日を下らない日数稼働していたこと、本件受傷のため昭和四一年一月六日から同四四年一月二四日まで未だ大工として就労できず無収入であることの各事実が認められ、右認定に反する証拠はない。右認定事実と〔証拠略〕からすると、原告は本件事故当時七五才の高齢ではあつたが、本件事故に遭遇しなければ少なくともなお三年間は従前の仕事につき収入を得たであろうことが窺われるので、本件事故により昭和四一年一月六日から同四四年一月五日まで三年間に失つた原告の得べかりし利益は金一四二万五六〇〇円(1800円×22×12×3-142万5600円)を下らないものと考えるのが相当である。

(二)、原告が本件事故による受傷のため昭和四一年一月六日から同年五月一八日まで入院したことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、原告の右入院中昭和四一年一月六日から同月二〇日まで職業付添婦をつけこれに対し付添看護料として一日八〇三円の割合による基本料金を含む金一万三四九五円を支出したこと、その後同年四月中頃までは原告の妻である吉川きくのが付添看護をしたことの各事実が認められ、右事実によると、昭和四一年一月六日から原告の妻が付添つていたと認められる同年四月一五日までの一〇〇日間中一日につき金八〇〇円の割合による金八万円をもつて、被告の負担すべき原告の損害とみるのが相当である。

(三)、〔証拠略〕によれば、原告の入院中の必要経費その他(薬品、チリ紙、便器等の購入費、治療費、マッサージ代、通院等のタクシー代、保養料等)として、原告主張の金三万〇五一〇円を支出したことが窺われるところであるが、〔証拠略〕によると、薬品代金八〇〇円〔証拠略〕は本件事故前の支出と認められ、またアリナミン代金三〇〇〇円〔証拠略〕は本件事故と関係なく風邪のために服用したものの分と認められるから右各金員を控除した金二万六七一〇円の限度で本件事故と相当因果関係にある損害というべきである。また〔証拠略〕によると、原告が、退院後に右前腕部の骨が十分についていなかつたので接骨医に診断治療をしてもらつたときの治療代として金五八〇〇円を支出したことが認められるので、原告の入院中の必要経費その他として被告の負担すべき損害額は、(三)については原告主張部分を超過するが、(二)の点も合わせ考えると原告主張の限度内であるから、以上合計金三万二五一〇円というべきである。

(四)、長崎市役所宛調査嘱託の結果および〔証拠略〕により認められる、本件賠償金受領の際には受給分を返還する旨の条件付で昭和四一年一〇月一七日から生活保護を受けている原告らの生活状況、本件事故発生に至る前記原告の過失、本件受傷の部位程度、原告の年令、入院期間その他本件弁論にあらわれた一切の事情を斟酌して原告の本件慰藉料額は金二〇万円をもつて相当と考える。

(五)、ところで、本件事故につき原告には前記認定のとおり重大な過失があつたものと認められるから、この点を斟酌し、原告に生じた前記(一)ないし(三)の損害合計金一五三万八一一〇円のうち、その三割である金四六万一四三三円を被告小峰に負担させるのが相当と考える。

そうすると、被告小峰は原告に対し、前記(四)および(五)の合計金六六万一四三三円およびこれに対する不法行為後である昭和四一年一一月一八日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるというべきである。

三、以上のとおりであつて、原告の被告小峰に対する請求は、前記認定の限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、被告会社に対する請求は前記のとおり理由がないから全部これを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条本文、仮執行の宣言につき同法第一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 右川亮平 保沢末良 武部吉昭)

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